右左(仮)





3
年ぶりの帰省。


弟の左山を連れて実家へ

右山

「実際どうやったん?なっ!左山?」


左山

「あっ、はい!」

親父は多くは語らない
威勢のいいオヤジは今日は弱気なようだ。

いいようにに言えば和製ジャン・レノ。
夏は膝上チノパンに白tをタックイン、足元はハイカットのコンバース。
冬は海軍のアウターに身を包み、おきまりのベレー帽。

自称おしゃれ番長。


体格のいい昔に比べるとひとまわり萎だ親父をみてなんとも言えない気持ちになった。



母「色々あって実家に帰りたないと思って少し心配してたわ」


右山「全然俺は何も気にしてないで、なっ?左山?


左山「あっ、はい!」







~ウザン~

1994年、414日兵庫県明石市に生まれる。
父、母、兄、姉のごく一般的な5人家族。

物心ついた頃には父は専業主婦、母は看護師で夜遅くまで働く、これが一般的な家族のあり方だと当時の僕は思っていた。

母は凄くやさしく、僕はかなりのお母さんっ子で普段家にいない母に甘える事が大好きだった。

父は典型的な昭和の頑固オヤジ。
オヤジの機嫌次第でその日が左右される、顔色を伺いながら生活をしていた。あの人の言う事絶対だ。



一般的に父と子のキャッチボールは絵に描いたいい光景だと思われるが、矢野尾家では違った。
オヤジの気分で始まるキャッチボール。
「右山、キャッチボールするぞ」
「はい、、、」

小学生にしては硬いし痛い硬球のボール
容赦なく投げてくるオヤジの球を、キャッチするので精一杯。ビリっと痺れる左手のグローブ。
オヤジが取りやすいように気を使って投げるボール、それが僕とオヤジのキャッチボールだった。


オヤジは元美術教師
テーブルや家具を作らせても
散髪で坊ちゃん刈りにするのも、自転車のパンク修理も何をやらせてもできる。
天才肌だ。


そんなオヤジから強要される絵や物作りは、兄弟みな嫌がっていた、
兄、姉は夏休みになると、工作や英語の宿題をオヤジとマンツーマン授業。
たまに聞こえてくるドスのきいた声で怒られる2人をみて僕はのんきに外に遊びに行っていた。

家ではオヤジの目もあり、暇が大嫌いな性格だったので友達の家に行ったり外で走り周っていた小学生時代

雨の中森で鬼ごっこ、木登り、野球にサッカー身体を動かす事が大好き。今では考えられないくらいアクティブだったとおもう。

当時は家庭用ゲーム機、携帯ゲーム機も一般的に普及しており、お年玉で貯めたお金でゲームを買いオヤジの目を盗んではゲーム。
まあ、機嫌が悪い時に見つかると容赦なく捨てられるのだが、

今でもわならないが末っ子だからか、オヤジに全く勉学を教わった事がなかった。
ただ何かと機嫌が悪くなると、基本怒られるのは自分、オヤジは恐怖の根源だ。

中学に入りサッカーに励んでいたが、中学2年なる頃にはあまりやる気もなく、悪さする友達とつるむ日々。
オヤジは何もいわなかった。

高校2年生になり背丈はオヤジを超え反発するようになったある日、
父と母は僕が小学校の頃に離婚していたことを知った。
僕はオヤジが大っ嫌いだったのでその事を知り怒り狂った。
「なんで離婚してるのに、こんなクソオヤジと一緒に住まなあかんねん!」
「なにを舐めた口を親に聞いとんじゃ、ワシは切れたぞ、殺したろけー!」
どつき合いの大喧嘩。


しかしそこで母はオヤジをかばった。
「あんたが何を思おうが、血繋がってるからしゃあないやろ!」
「嫌いだろうがお父さんはアンタのお父さんや!」
今になれば母の発言、気持ちはわかるが当時僕は凄くショックを受けた。
その数ヶ月後、高校3年生に上がる春僕は実家を出た。

母の優しさで家賃を半分出してもらい始めた一人暮らし、バイトはしていたがお金はなく学校やバイト先の人に相当助けられた。
これは僕の人生にとって凄く良い経験になった。
オヤジへの憎しみは消えず、こんな所から一刻も早く離れたいと思い上京を決意し、
美容学校の高等科(夜学)に入学し、晴れて上京。

見ず知らずの土地、誰も知り合いがいない東京。
慣れるのに精一杯、目まぐるしく変わる日常にオヤジへの憎しみなどすっかり忘れていた。

美容学、バイト先の人たちに恵まれすっかり東京慣れ気づけばお盆はおろか年末年始にも実家に帰らず唯一帰った成人式もほとんど記憶にない。

就活も始まりずっと行きたかったカリスマ美容師の元へ。

これが初めて僕の挫折だったろうか、なりたかった美容師、憧れた人憧れたサロン「何か違う」
自分の中で何がか終わった。

そこから仲の良い先輩と海外に興味を持ち始めた。

「右山!美容師ならずに海外旅しようよ」その言葉に惹かれた反面心のどこかで美容師を諦めきれない自分がいた。

2014
W杯ブラジル大会
日本対コートジボワール戦を下北沢で観戦
ここから僕の美容師人生が動き始める

「世界一周しながら髪切ってた面白い奴が美容師してるから遊び行ってみたら。」
いかにもヒッピーなオーナーさんがくれたフライヤー。
首長族の髪を切る写真、その一枚のフライヤーに衝撃をうけた、早速電話して髪を切りに。


Broccoli playhair
藤川 英樹、社長HDKとの出会いだ。

縁とタイミングもあり
お店初の新卒入社
ここが美容師人生の第一歩。

アシスタント一年目は仕事を覚えるので精一杯。
お店に泊まって練習、
遅くまで練習して遅刻して練習、
練習の記憶しかない。

気づけば2年目になりスタイリストに向けて練習、モデルカットをする日々が続いていたある日、、、。


店長のトモカさんが戸惑った様子で「ウザンくん、ヤノオさんって方から予約入ったよ。」


「ヤノオですか?、、、誰やろう?」

特に気にはしなかったがちょっとしたワクワク感があった。








~サザン~
1997
年、福岡県の田舎で生まれた。
一人っ子として僕は、母と二人暮らしだった。
父は単身赴任と聞かされていた。
ものごころついたときから母と二人暮らしだったので、父と暮らしていないことについて深く考えたこともなかった、意識すらしていなかった気がする。
幼い時の記憶の中にソノヒトの顔はほとんどない。

学校から帰ってきて、家の玄関を開けたときに鼻に入ってくるタバコの匂い。渋く佇むでかい革靴。
その緊張感は一年に一度訪れた。
ソノヒトは予告もなしに急に現れる。
靴を脱いで扉を開けるとソノヒトはテレビを見ながらタバコを吸っていた。
「元気しとったか?」
「お久しぶりです。」テレビに目線を向けて返事する。
会話はそれだけ。ソノヒトがなぜそこに居るかはわからない。
リビングを抜けて自分の部屋に逃げ込む。
隣のリビングから聞こえてくる音と、テレビと会話するソノヒトの声を聞き流しながら自分の部屋で本を読んだ。
急にきたソノヒトはだいたい一週間俺の家に居座り続ける。

夕方から夜に変わる頃母親が帰宅する。
リビングのコタツに座るソノヒト、キッチンで夕飯を作る母親、コタツから少し離れたリビングの壁に背を付けながらテレビを見る俺。
「学校で好きな科目は?」ソノヒトが母親にきく
「サザン、この前図工好きって言ってなかった?」母親が俺に聞く
「うん」テレビに視線を向けながら母親からの質問に返答する、ソノヒトと俺との会話は母親で壁打ちしながら細長く繋がる。

そんな壁当てみたいな会話が我が家の会話の構図。3つの線で会話が続くことはほとんどない。
ほとんど繋がらない線が繋がるとき、俺は敬語になる。
今振り返ると、小中学生の時はその人に対してずっと敬語だった。威厳や怖さから発せられた敬語ではない。シンプルに人見知りの敬語。相手の様子を伺うための敬語。
時々来るソノヒトとの距離感が掴めず、とりあえず使う敬語。
そんな敬語が素直な語尾に変わり始める頃、ソノヒトは急にいなくなる。次に来るのは約一年後のどこか。一年後はまた敬語に戻る。
決して積み上がることはない、一年経つとまたリセットさせる関係性。残るのは不器用なエセ関西弁を話し始める母と俺。

その人がいる時、その一週間は自分の家に帰っても落ち着かない。

そんな心地の悪い一年に一度の一週間は高校を卒業するまで続いた。


大学生になり、実家を離れた。
実家を離れてからはほとんどソノヒトと会うことはなかった。
母親から来るラインへの応答を面倒くさがってする程度の毎日。会話の構図を意識することもなかった。

大学に入りSNSを色々始めた。Twitterfacebook, instagram。どれも流れに乗って始めたもの。特に用はなかった。
気になっている人を検索してみたり、特に喋ったことない人をフォローして友達の数を増やそうとしてみたり、とりあえず暇つぶしの一つだった。

そんな大学生活のある日の食堂だった。
右手で箸を持って左手でスマホをいじりながら友達といつものようにご飯を食べていた。
客観的に自分の分身がどう映っているのか気になる。鏡に映った自分を見るような感覚に近かった。自分の名前をfacebookの検索の欄に入力する。今思えばその行為を不意に自然と行ったのはその時が最初で最後だったのかもしれない。

「矢野尾右山」

普段見慣れた五文字の中に違和感のある一文字が存在する。
誰だ、この人。
初めての違和感。
コメを口に運ぶ右手はピタリと止まり、左手がスマホの画面をスルスルと滑り出す。
アカウントをクリックするのに時間はかからなかった。
当たり前に見たことないイケメンの丸い画像が付いている。
大学2年の時にハマっていたハンドのボーカルに似ているような、似ていないような男の人。不思議になんか気になった。
名前より、その写真で見るその佇まいが気になった。

「勤務先 ブロッコリー2 シブヤ」

洒落た美容室の名前だな。
とりあえずスクロールしてみる....


次の授業が始まるまで、30分以上あった。いつもと同じメンバー3人でいる食堂の席。無言の時間を普通に共有できていた。
一話題放り込むには時間はたっぷりある。
あたかも今その名前を発見したように検索画面の結果を2人に見せた。ネタにしてはまあまあ面白いと思った。

「ねぇーこれ見てー、笑笑
やばくない?矢野尾右山だって笑、誰やろこれ?笑笑」

「は?誰それ?右山やん?知り合い?笑」

「いや、今見つけた笑」

「絶対知り合いやろ笑:
「でも全然顔似てないな、名前一文字違うだけでこんな顔変わるん笑」

「あ、まじやん。右山やん。
絶対なんか関係あるやろ笑笑
親戚なんじゃね?
こんなことある?ちょっと友達申請してみようぜー笑」

「いや、知らん人やし笑
とりま申請してみるか笑笑」

冗談しかない遊びネタのノリで申請ボタンを押した....




この一件以来この右山ネタは暇潰しのいい話題になった。
人見知りでまあまあ気が知れた中の人じゃないとスラスラと会話ができない自分にとっては、いいネタだった。
自分の名前の由来を聞かれることは昔から多かったが、いい返答を作れずにいた。母親からは、名前の最後はンで終わった方が呼び捨てで呼びやすいから。名前の画数がちょうどいいから。苗字の見た目が重たいけん、名前の見た目は軽めにしたかった。。。などなど。
ホントかウソか分からない理由は聞かされていて、それをそのままコピペして返答しても聞いてきた人。
が腑に落ちることはなかった。我ながら名前のインパクトとその理由の面白くなさを感じていた、生まれてからずっとサザンオールスターズの呪縛から解放されることはないと思っていた。
「お父さんか、お母さんがサザンオールスターズのファンなん?」
何度聞かれた質問だろうか。
自分の置かれた状況で、このマンネリ化した質問に返答できるおもしろい解答を探していたが見つからなかった。
そもそもサザンオールスターズを全く知らない。家で聞いたことすらない。
もしも自分の好きなバンドの名前をそのまま子供につけるのだろうか?つけるとしてもサザンはリスク高すぎだろ。引用元の個性強すぎだろ、もっと普通の名前から持ってこいよ。

大学生になってカラオケに行くことが多くなった。同じクラスの友達はもちろん、バイト先のおじさんたちと歓迎会とかで行くことをあった。
悪夢の時間だった。急にサザンオールスターズのTSUNAMIが選ばれる。その流れに戸惑う、弱気な僕。
音痴である。
一瞬キーを捕まえて気持ちよくなってもそれを意識した瞬間迷子になる。
カラオケボックスの大きな画面に曲名が表示される瞬間がまあまあな盛り上がりのピーク。それがゆっくりと白けていく感じが痛い歩合に伝わってくる。
せめていい感じのハスキーボイスで音楽センスのある子供に産んでくれ、何度もそう思った。
周りが無意識に選曲しただけなのに、自分ごとの様に反応にしニヤけてしまう自分も嫌いだった。

そんな俺が見つけた右山ネタ。由来質問のおもしろ解答はいっこうに思いつかなかったが、いい話の逃げ道になった。
「実はフェイスブックで右山っていう人見つけてー笑。全く知らない人なんですけど東京で美容師しているっぽくてー笑。っていうか名前一文字違うだけでほぼ同姓同名じゃないですか?笑この人に名前の由来聞いてみたいですよね笑 一文字違うだけでこんなイケメンになれるんか、両親惜しかったなー笑」
とりあえず返答のテンプレートは作れた。自己紹介後の名前ネタで生ぬるく冷めていく感じを多少なりとも攻略できた。しかし聞き手の頭の中の不完全燃焼感が消えたわけではないだろう。ただもうそれでよかった。
まあまあなネタを武器は知らないうちに記憶から消えていた。こんなネタただの消耗品。完全に尻を拭けている訳でもないが、とりあえず拭いて茶色具合を確認して内側に折りたたんでポイ。そんなもの長く使い続ける方が気持ち悪い。
右山ネタは気づかぬうちに記憶から消えていた。






ロックバンドを聞くのはが好きだった。中学生の頃友人に勧められたレッチリがきっかけでのめり込んだ。
人見知りで学校がそんなに好きではなかった俺は、通学中爆音でロックを聞き外部と自分をシャットアウトしていた。
大学に進学してシェアハウス型の寮に入った。4人が同じルームメイトとなる形式のもので日本人2人、外国人2人が入居する国際交流を謳ったドミトリーだった。
そこでは俺と、同じ歳で静岡から福岡にやってきたキツネ顔のカツマタ、山下清とドラえもんを足して2で割った様な27歳の中国人留学生の3人で住むことになった。
ダイニングキッチンとお風呂、洗濯機、トイレを共有して使う生活だったが人見知りの俺にはまあまあ苦痛だった。ダイニングに座って飯を食べている時、誰かが入ってくると嫌でも話が始まってしまう。
カツマタはやたらと形容詞にバカを使うおしゃべりモンスターだった。話題はポケモンゲーム、アニメ、西洋哲学….。相手が全く興味ないと分かっていても永遠としゃべりつづける。4D Youtubeを毎日見続けている感覚。そんなカツマタを避けようと自分の個室にこもりYoutubeで松紳の動画を見るのが学校帰りの日課だった。
そんなある日、いつもの様に動画を見ていると部屋の中に刺激的な赤いドロっとしたの空気が入ってきた。目が痛い。
部屋を出てダイニングを見ると、ドラえもん風の山下清が爆音の音楽をかけながら麻婆豆腐を作っていた。
得体の知らない香辛料が次々に投下されている。目も開けていられない刺激臭が充満している。
山下清はそれを皿に盛ると、お決まりの席に座って食べ始めた。ものの3分で完食し、自分の部屋で戻っていく。
刺激臭の一部始終は、カツマタのリセッシュで鎮火された。
匂いに敏感すぎるカツマタは、山下清が自分の部屋に入って鍵を閉めたのを確認するや否や、リセッシュを共用部全体に振りまけた。真っ赤なトゲの様な香辛料をリセッシュで消火するなりカツマタは自分用のパスタを作り出した。お湯で温めて調理するだけのジェノベーゼパスタ。赤いタヌキの光景から緑のキツネの光景へと一瞬にして変化するルームシェア生活だった。
カツマタがダイニングでジェノベーゼを食べるのを背後に俺はインスタントのカレーをレンジで温めた。レンジを設定している時カツマタのアイフォンから猛烈なドラムのビートと全ての怒りの根源の様なデスボイスが聞こえてきた。SlipknotThe Devil In I。今まで聞いてきた音楽が全て童謡に聞こえる様な、音楽と言っていいかわからない音楽。何に憤怒しているかさっぱり分からなかったが、仮面の男たちの尖った、黒よりもグレーなものが流れていた。カツマタは食事を終え、座っていた椅子にリセッシュをかけ自分の部屋に戻った。

それから、カツマタとは音楽の話で盛り上がる様になった。
自分の好きなバンド、今読んでいる本、オススメのアニメ、ドラえもんの嫌な所。終わることのない話はダイニングスペースを抜けて、2畳分くらいの共用のベランダスペースを喫煙所に変えてしまった。
年齢確認されないコンビニの噂を聞き出して、カップラーメンのついでにマルボロのメンソールを3箱まとめて買いに行く様になった頃、カツマタがSlipknotのフェスに行こうと言ってきた。
2
年に一度、11月に幕張メッセで行われるSlipknot主催の屋内フェス。通称「ダークカーニバル」。行かない理由はなかった。
高校の修学旅行以来行くことになった千葉。日本の中心東京にも行ける距離である。バイトのシフトを余計に伸ばして東京にも行くことにした。

フェス日の前日に千葉の漫画喫茶に泊まり当日の9時には幕張メッセについていた。着替えやらの荷物はほとんど持ってきていない。
物販に並ぶ黒い長蛇の列。せっかく買うからには日常で着れるくらいにはイケているバンドティーを買おうと思い、それまで見たことも聞いたこともないマリリンマンソンの顔面がプリントされたTシャツとフェスの出演者が羅列してあるTシャツの2枚を買った。
マリリンマンソンの出演は別日だったため、その顔面をリュックにしまった。

大空間の真っ黒な幕張メッセは人工のカラフルなライトと演出用のケムリの様なもので異様な雰囲気を醸し出していた。
ステージは二つに別れていて、俺とカツマタは左側のステージの最前列から少し離れたフェンス付近を陣取った。左側のステージは主に日本の有名どころバンドが演奏し、最後にスリップノットがトリを務める。右側は海外のバンドが演奏するステージで、ほとんど知らないバンドだらけ。左右交互に行われる重演奏。右側のステージの演奏時はタバコを吸いに行く。知らないのではなく敢えて見ないんですオーラを出しながらカツマタからライターを借りる。ステージから遠い後ろの方は皆寝転んで休憩していた。知らない海外バンドのスキンヘッドのボーカルが観客を煽っている。人差し指と小指の手が一斉に上がる。俺は寝転んで大空間の幕張メッセの屋根を支えている立体トラス構造の大架橋を端から端まで目で追った。槇総合設計事務所によって設計された国際展示場は無柱空間を実現するために屋根が特殊なジオメトリーのトラスで構成されている。トラスの一本でも折れてしまったら右側のステージで演奏している禿げたおっさんも、左側のステージでサウンドチェックしているスタッフも、黒い観客たちも、屋根の下敷きになってしまうのだろうか。そんなことを思いながら体を起こし伸び放題になっていた直毛の髪から滴り落ちる汗をタオルで拭いた。


ライブが終わるとカツマタと東京方面に向かい、どっかの駅の近くの居酒屋に入った。
Youtube1.5
倍再生を見ている感覚でカツマタが喋り出す。普段からこの調子で喋っていたら1時間で充電きれるだろう勢いでライブを語ってくる。
俺もライブで興奮していたので、全く飲めないお酒をタバコと同じペースで飲んだ。
ビール瓶が机の左端に二本並んだタイミングで気持ち悪くなった。店の奥のトイレに駆け込み、コリーのデスボイスより腹の底の底から、肌茶色のものを吐き出した。
個室のカーテンを開けた。ライブにも関わらずカツマタは茶色の革靴を履いてきていた。なんとも言えないタバコの香りがした。意識したことはなかったが、カツマタは水色の背景に大きな鷲のような鳥が飛んでいるパッケージのタバコを吸っていた。
「タバコ、代えたん?」
「あ、そうそう。ゴロワーズっていうタバコ。フランスの」
「そんなんコンビニに売っとる?」
「そんなないかもね。なんかいいんよね、これ」そう言いながらカツマタはYoutubeの画面を見せてきた。
黒い帽子を被ったロン毛のおっさんが真っ赤なジャケットを着てビターを弾きながら歌っていた。
「ゴロワーズを吸ったことがあるかい?」
「いや吸ったことない」
「いや、この歌の曲名。この歌なんか渋いんだよなー。今日出てきたバンドにはない雰囲気っていうか。匂いっていうか。なんかいいんよねー。」
「ふーん。」ほとんど興味がなかった。
水を二杯注文して、ライブの感想の続きを話した。

「そう言えば、明日何するん?」カツマタが聞いてきた。
「いや特には決めてない。都内どっかブラブラしようかなと思って。」
「お前は?」
「俺は明日行きたいとこあるから、一人で行こうかなーと思ってる。今晩そっち方面に行ってネカフェに泊まるわ。」
「そうなんや」明日の予定が白紙な自分がちょっと悔し恥ずかしかった。
ネットで「東京 有名建築」と検索してみる。
「そう言えば、ウザンって人、東京で美容師してんじゃなかった?」
「あ、おう笑」久々に思い出した名前だった。頭の端にいたかいなかったかみたいな記憶だった。
「明日行ってみたら?笑どうせ暇なんやろ?笑」
「いや、マジでー笑」カツマタに明日の予定の提案されることに少しムッとしたが、せっかく東京に来たからなと思い予約してみることにした。

プルプルプル
女性の人が出た。
「もしもし、明日のカットを予約したいんですが空いてますか?」
「美容師の指名はありますか?」
「ウザンさんいますか?」
「ウザンですか?……。はい大丈夫ですが。ご希望の時間帯はありますか?」女性は少し戸惑ったような声だった。
「特にないですが夕方どうですか?」昼まで東京ブラブラしていこうと思った。
「はいでは17時ごろ大丈夫ですか?」
「はい大丈夫です」
「ではお名前の方お願いします。」
「ヤノオです。」
「ウザンの知り合いの方ですか?」
「いや、初めてです。」
わかりました。では17時お待ちしております。」

東京の店に電話するのは初めてだった。というか女性の反応になんだかソワソワした。ヤノオウザンに、ヤノオというウザンの知り合いでもなんでもない男から電話。
客観的に聞いても少しは戸惑うだろうな。そう思いながら氷の溶け切った水を一気に流し込んだ。

その夜カツマタと駅で別れ、一泊3000円の赤坂のカプセルホテルに泊まった。



 




~ウザン~
いつもと変わらない日常
 
季節は変わりすっかり肌寒くなっていた。


「あー、今日も仕事か、」


朝が苦手な僕はマイペースに準備をし、玄関に散らかったルームメイトの靴を避けながら、いつもの自転車に乗った、

住んでいる駒沢大学から国道246号線を走りぬけ職場の渋谷へと向う。


車やバスが行き交う狭い道路にもなれたもんだ

「あー眠たい。」

浮腫んで腫れぼったい目が余計に朝のだるさを誘発させる。


イヤホンから流れるレッドホットチリペッパーズをぼけっとした脳内に叩き込み憂鬱な朝に気合を入れる。
「そういえば、ヤノオさんが来るのか、、、まぁどうでもいいか」朝からローテンションの僕はギアを変えることなく、いつものようにお店に出勤した。

朝礼が始まり連絡事項と予約の確認が始まった
17時に初め来店のヤノオさんが来ます。正直誰かわかりません。多分埼玉の人だと思います」

適当か笑。


昔一度だけ同じ名字の人からTwitterDMをきっかけにお会いした事がある。
多分その人だろうと思い朝礼を終えた。

その日はゆっくりとした営業で、気づけば時計は17時前になっていた。









~サザン~
朝起きてシャワーを浴びリュックに入っていたマリリンマンソンのTシャツに着替えた。
どっかの国の独裁者のような雰囲気を醸し出しているマリリンマンソンの顔面が、どっかのアニメに出てくる黄色いカエルのように、俺の胸からみぞうちにかけてプリントしてある。
THE BEAUTIFUL PEOPLE
PVを右のズボンのポケットで流しながらイヤホンを付け、六本木に向かった。
昨日の夜とりあえず立てた計画に沿ってブラブラした。最近ハマり出したアイドルの事務所がある坂道を通り過ぎる。どこかでロケでもしていないかな。そんな気持ちを通り過ぎていく人たちに悟られないように早足でミッドタウン方面に歩いていく。
16
時になり渋谷に向かった。
地下鉄を降りて、テレビで何度も見たことある渋谷の風景を早足で通り過ぎた。渋谷なんて何度も来てます的雰囲気を、自分の斜め後ろ上部に設定してある架空の視点で観察しながらスクランブル交差点を渡った。
とりあえず知らない路地裏に入ってみたり、福岡にもある本屋に入ってみたりした。自分の斜め後ろ上部にあるカメラには渋谷でのバイト帰りに御馴染みの街をブラブラ歩いているロック好きな青年が映っていた。
16
40分になり、初めてグーグルマップを開き予約した美容室までの経路を検索した。
画面上の青い点群を追いながら歩いていく。その足取りは明らかに遅くか弱いものになっていた。広場の端の方でギターを鳴らし歌っている青年。緑色の電車の前でスマホを片手に喋っているミニスカートの高校生。なんかみたことある光景と画面上の青の点群を交互交互に見つめながら歩いた。後ろ斜め上部の視線はいつの間にか消えていた。
歩道橋の流れに身を任せながらイヤホンを耳から外す。
居酒屋が並ぶ緩い坂道を登りながらまたイヤホンを耳にさした。
携帯の充電が12パーセントになった時、その美容室についた。青い筆記体の文字がネオンで作られている。Bの文字だけが読み取れる。その横には青と赤と色の斜め線がグルグル回っている。
狭い階段を上がると扉があった。 





~ウザン~

カランコロン
お店の扉が空いた。



その時別の人を担当していた僕はお出迎えを店長のトモカさんに任せドライヤーをしていた。
ドライヤーの音にかき消されないようトモカさんとヤノオさんとの会話に耳を傾けた。

妙な違和感。知ってるヤノオさんではない。
トモカさんと入れ替わりヤノオさんの元へと向かった。

「どうも。今日はよろしくお願いします。ウザンです。」

そこには全く見たことのないヤノオさんが座っていた。

年齢はおそらく同年代か年下だろうか。
マリリンマンソンのロックtにメガネ、THE大学生という雰囲気。
緊張しているのだろう、ソワソワしている。






~サザン~

カランコロン

お店の扉を開ける



茶髪の女性の人がカットしていた。「いらっしゃいませ」
「こんにちは。予約していたヤノオです。」
「あ、はーい。予約、ウザンですよね?」
「あ、はい。」

扉を開けてすぐの所に置かれている木製の椅子。リュックを下ろしながら女性に背を向ける格好で腰掛けた。目の前にはお洒落な本や絵本が並んでいた。

「よろしくお願いしまーす、ウザンです」
右斜め後ろから声をかけられた。振り返ると昨日の夜Facebookで見直したアカウントの写真の男のがいた。。
背は自分より少し高いぐらいで肩幅のあるがっしりとした体型の男性。今も聞いているバンドのボーカルのガタイを少し大きくしたようなイケメン。

「あ、こんにちは。ヤノオです。よろしくお願いします。」
「だいぶ前facebookで申請くれたよね?」
「はい、ヤノオサザンです。」

「どうぞこちらへ。」鏡の前の茶色のイスの方に誘導された。


「っていうか名前めっちゃ似てへん?笑」
「そ、そうですね笑 右と左の一文字違いですもんね笑」
「知り合いが予約してきたと思ったわ笑」
笑」
「とりあえず眼鏡外してください。」
正直、人前で眼鏡を外すことは嫌いだった。顔のパーツが一個減るからだ。
「シャンプーするんでこちらにお願いします。」

言われるまま、茶色と白のボワボワした水彩画のように滲んだ空間を歩いてシャンプー台に仰向けで寝た。
目元をタオルで隠されて、髪に温水が流れる。水温の確認に自分の意思を表明することはできない。
美容室ほど苦手な場所はない。銭湯でも眼鏡をつけて入る私が、人前で唯一眼鏡を外す空間である。
そんな空間が大嫌いだった私は高校時代から鏡の前に立ち、100均で買ったすきバサミで自分で髪を切っていた。
自分の家で髪を切ることにあまり抵抗はなかった。幼少時代から母親がバリカンで髪を切っていたからだ。
おもちゃのような水色のバリカンで母親が髪を切る。数ヶ月に一度訪れる悪魔の時間だった。


「どこから来たんですか?」
ウザンさんが聞いてきた。
「福岡です」
「東京はなんで?」
「昨日幕張にライブに行ったんです。スリップノットのフェスがあって。」
「そうなんや、」
「はい」
初対面の人には単語にも文章にも修飾語は使えない。
「そういえば、名前めっちゃ似てへん?」
「そうですよね、笑」
「出身はどこなん?」
「福岡の田舎です。どこですか?」
「俺兵庫。」
「へー。そうなんですね。」
「親も福岡出身?」
「母親は福岡で、父親は兵庫です」
「えっ、俺の父親も兵庫やで」
何か他人の会話を客観的に聞いているような気持ちになった。
変な汗が流れては洗い流されていく。
「ちなみに父親、頭薄くて眼鏡かけてますか」
「うん。そうやねなんで?」
「ちなみに、父の名前は?」
「ケイスケ」
「一緒です」

自分の置かれている状況が理解できなかった。脳内も眼鏡が外されたような感覚になる。
父親の顔を思い浮かべた。カラフルな父親がモノクロになっていきその黒色がどんどん濃くなり色の部分に滲んでいく気がした。
ウザンさんの髪を洗う手が一瞬止まった。一瞬だったか、数秒だったかは覚えていない。
東京のど真ん中にある美容室のシャンプー台で、訳のわからない状況に気を落ち着かせるにはシャンプーの匂いは上品で繊細すぎた。
この状況が示す現実を認識するのに、髪を流れる雫が数十滴排水口に流れる時間必要だった。



シャワー台から立ち上がり鏡の前に座るまでの間にお互いの父親の話から、一人のある男の話になっていた。






~ウザン~

美容師を始めて1番やってるであろうシャンプー。

楽しく会話したり、リラックスしてもらう為に黙々と集中するシャンプー、、、



「ちなみに、父の名前は?」

「ケイスケ」

「一緒です」



この衝撃を超えるシャンプーは今後あるだろうか、初めて時が止まるを体感した直後。

美容師の職業病なのか直感的に兄としての自覚が生まれたのか、冷静になる脳。それを拒絶するかのように身体から滲み出る汗、

その時から僕らは兄弟になった。













人生、幸か不幸かなんて捉え方次第。

何が起ころうが俺ら兄弟は今を楽しく生きる。

誰に何を言われようが矢野尾家最高。


明日も髪切るの楽しみやな。



















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